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オレはカウンターで一人グラスを傾けながら、殺し屋が来るのを待った。人々が深い眠りについている時刻、夜が深まっていくのを背中で感じていた。哀しげな犬の遠吠えが聞こえると、再び静寂が鼓膜を押しはじめた。
どれほどの時が流れたのだろう。時間の感覚が麻痺したころ、ドアが開く音がした。振り向くと雷が立っていた。オレは全身を針で刺されたような緊張感に包まれた。 雷はブーツカットのジーンズに皮のベストを羽織り、もちろん足元はトレードマークのウエスタンブーツだった。さながら都会のカウボーイといったいでたちだ。オレも将来、こんなちょいワルおやじになりたいと憧れてしまう。 店内を見回した雷は、オレを一瞥すると、一言も発せずにゆっくりと歩み寄ってきた。見ただけでかな縛りにあってしまうような眼の力だった。どこまでも熱く、さらにはどこまでも冷たい。青い炎が燃えさかっているようだった。 ベストの左側だけわずかに膨らんでいる。拳銃を忍ばせているのだろう。今にも拳銃を抜かれて、ぶっぱなされるんじゃないかという恐怖心がわいた。このおやじはちょいワルどころじゃない、極ワルだ。 雷はオレの隣に腰かけると、はじめて口を開いた。 「オレにも一杯プリーズ」 オレはカウンターからずり落ちそうになった。なんだこの英語まじりのヘンテコな日本語は。緊迫感がすっかり薄れてしまった。 ウイスキーのロックをもう一杯つくり、雷に手渡した。雷はウイスキーをゴクッと音を立てて喉に流し込み、顔をしかめた。目尻に深いしわが刻まれた。しわさえもダンディーだった。 「オレは私立探偵東京ジョー。突然呼び出したりしてすまない」 雷は唇をゆがめてニヒルに笑った。 「ノープロブレム。リュウの頼みだからスペシャルだ。それとジョー。オレはあんたに興味があった。ジョーの噂は耳にしている。チャイニーズマフィア、さらには永瀬組とロンリーでバトルしたそうだな」 ロンリーではなくて、タッグを組んでだ。レイナという相棒がいなければオレは戦えなかった。だが訂正はせず、まあ、と言葉を濁した。 しかしこのルー大柴みたいなしゃべり方はどうにかならないものか。なによりジョーと本格的な英語の発音で呼ばれると、体中がムズ痒くなってくる。 雷はベストの内側に手を入れた。オレは銃を抜かれるのではないかと体を硬直させた。取り出されたのはシガーケースだった。雷はまるで外科医のような華麗な手さばきでシガーを一本抜き取って両側を切り、マッチで火をつけた。オレはつい見とれてしまった。 「さっそくだが雷さん……」 雷は人さし指を立ててメトロノームのように振った。 「オレのことは、サンダーってコールしてくれ」 「じゃあ、……サンダー」 サンダーと呼ぶのはものすごく恥ずかしくて赤面しそうだった。 「あんたを探してる人がいるんだ。ぜひ会ってやってほしい……」 オレの話の途中で、ふいにサンダーがぐるりと首を後ろに向けた。オレは何ごとかとサンダーの視線の先を追った。 目を疑った。ドアの前に泰子が立っていた。ドアを開ける音はまったく聞こえなかった。純白のマタニティドレスを着た泰子はまるで幽霊のようだった。 「……相楽さん、どうしてここに……」 オレは言葉を漏らした。質問の答えは予想すらできなかった。 泰子は返事しなかった。無表情でただ立ち尽くしているだけだ。なにも語らない瞳はサンダーに向けられていた。泰子の様子は明らかに異様だった。本当に幽霊なのかもしれないとオレは思いはじめた。 隣から舌打ちが聞こえた。サンダーは殺し屋の顔になっていた。凄まじい殺気がほとばしっている。 「ジョー、とんでもない奴を連れてきやがったな……」 サンダーは声を押し殺して言った。マヌケなオレはなんのことだかわからなかった。 「彼女はオレの依頼人だ。サンダー、あんたを探すように依頼されたんだ」 泰子は大きなおなかの脇についたポケットに手を入れようとしていた。 「デンジャラス! 伏せろ!」 サンダーは叫ぶと、オレに覆いかぶさるようにして倒れ込んだ。オレは椅子から転げ落ちながら、泰子を視界に捕らえ続けていた。こんな場面は決まってスローモーションで目に映る。 久しぶりに聞いた銃声が耳をつんざく。赤ちゃんがいるはずの泰子のおなかの中心から一閃の火花が吹き出す。オレとサンダーのすぐ上のカウンターの板に銃弾が撃ちこまれていた。 泰子のマタニティドレスには黒く焦げた穴がへそのようにあき、煙が上がっている。 状況をこれっぽっちも理解できずにいると、泰子の腹部から二発目が発射された。まるでおなかの赤ちゃんが銃を撃ってくるようだった。 オレは両手で頭を抱えて丸くなり、ただわめくことしかできなかった。 床に片膝をついたサンダーが体をひねり、革のベストがふわっとめくり上がったかと思うと、次の瞬間にはリボルバーが火を吹いていた。一筋の稲妻の軌跡のような、残像が残るほどの早撃ちだった。まさしく雷。サンダーだ。 泰子は横っ飛びしてテーブルを巻き込むように倒し、盾にして銃弾をかわした。妊婦のはずの女がかますマトリックス級のアクションは、悪い夢を見ているようだった。 その隙にサンダーはカウンターの裏側にオレを引き込み、身を隠した。 「いったいどうなってんだ? くそったれ!」 オレは吐き捨てた。 「あの女は殺し屋だ。ニックネームはキラーベイビー。妊婦のふりをして相手を油断させておいて、ズドン! だ」 「なんだって!」 キラーベイビー……赤ちゃんの殺し屋……。これ以上ないニックネームだった。 泰子ことキラーベイビーはマタニティドレスを脱ぎ去った。すると赤ちゃんが宿っていたはずの大きなおなかがマジックのように消えて真っ平らになった。タンクトップとボンテージの超ミニスカート姿で、全身バネのような引き締まった肉体をしていた。赤ちゃんがいなくなった代わりに、右手と左手、それぞれにブローバック式の小型拳銃が握られていた。 キラーベイビーは両手の銃を乱射した。カウンターの上にある酒瓶やグラスが粉々に砕けて飛び散り、ガラスの破片とアルコールがシャワーのように頭上から降り注いできた。 サンダーはリボルバーのグリップをいい女のふくらはぎみたいに愛しそうに握り直した。ダーティー・ハリーが愛用していたのと同じでかい拳銃だった。 サンダーは銃身にキスすると、カウンターから身を乗り出して反撃した。サンダーの放つ銃声は重く腹の底に響く。 キラーベイビーは巧みにサイドステップを繰り返し、死角に身を隠しながら距離を詰めてくる。 「久しぶりに手応えのある相手だ。エキサイティングだぜ」 サンダーは弾丸を補充しながら言って、うれしそうに舌なめずりした。このおやじはクレイジーだ。オレは心の底からあきれた。 「ヘイ、ジョー。なにかミュージックをかけてくれ」 「なんだって?」 「ライフ イズ ミュージックだ。カモン、ジョー!」 ステレオはカウンターの背後にあるが、立ち上がらなくてはスイッチを押せない。キラーベイビーから丸見えになり、格好の的になってしまう。 「ジョー、オレが援護射撃する。その間にスイッチオンだ。ライフ イズ ミュージック」 銃弾の嵐の中、サンダーはオレにウインクした。そして勝手にカウントダウンをはじめた。 「スリー、トゥー、ワン。ゴー!」 オレはやけくそでサンダーと同時に立ち上がった。耳のすぐ横を銃弾が抜けていく。闇雲にスイッチを押しまくると、速攻で床に伏せた。スピーカーからフルボリュームで切ないエレキギターが流れてきた。イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」だった。 「クールだぜ!」 サンダーはお気に召したようでご機嫌だった。リズムに合わせて銃声を響かせる。 オレは銃弾によってカウンターに開いた穴から、キラーベイビーの動きをうかがった。 キラーベイビーがテーブルの陰から走り出たときだった。突如足が止まってうずくまり、嗚咽を漏らした。オレは同じ光景をどこかで目にしたことがあるような気がした。サンダーが抜け目なくキラーベイビーにロック・オンする。 「待て! 撃つな!」 オレは叫んだが、サンダーは躊躇なくトリガーをひいた。一発、二発。キラーベイビーの両手から拳銃がはじけ飛んだ。 サンダーはカウンターの上を一回転して反対側に降り立った。そしてキラーベイビーの頭部に銃口を突き付けると、バン! と口で言って撃つふりをし、銃口をふーっと吹いた。 オレは胸をなでおろした。イーグルスの演奏が終わろうとしていた。 キラーベイビーを椅子に座らせ、話を聴くことにした。サンダーはキラーベイビーの眉間に銃の照準を合わせ、片時も逸らすことがなかった。キラーベイビーは冷戦時代のタフなスパイみたいに感情を押し殺していた。 オレはキラーベイビーと膝を突き合わせて座り、言葉をかけた。 「あんた、本当に妊娠しているんだろう」 さっきのキラーベイビーの嗚咽は、事務所を訪れたときに起きたつわりと同じだった。 キラーベイビーの目が泳いだ。サンダーは「レアリー!」と驚きの声を上げた。 「まさか本当にサンダーの子供じゃないんだろ?」 「雷の子供だ」 キラーベイビーはコンピューターで合成されたような抑揚のない声で言った。オレは絶句した。はじめてサンダーの銃身がぶれた。 「サンダー、身におぼえはあるか?」 「いや……、あるような、オア、ないような。なんせ飲み過ぎると、メモリーのほうが曖昧になっちまうもんで……」 「しっかりしてくれよ」 ヒットマンの言うことをそのまま信じることはできない。しかし、エロおやじのサンダーならありえる気もした。 「なにか証拠はあるのか?」 オレが尋ねると、キラーベイビーはおもむろに髪の毛をわしづかみして引っ張った。見事なスキンヘッドが現れた。 「これでも思い出せないか?」 キラーベイビーはサンダーを見て言った。 「……思い出したぜ。何か月か前に、スキンヘッドの女と寝たメモリーがおぼろげながらある。ブラッドの匂いがする女で、それがやたらエキサイティングだったんだ」 サンダーを見つめるキラーベイビーの瞳に、女の艶が浮かび上がっていた。 「わたしはホテルのバーで雷と出会い、自分より強い男だと直感した。だから抱かれた。殺し屋だとは知らなかった」 サンダーは無言でなにか熟考しているようだったので、オレが質問を続けた。 「だったらなぜ、おなかの子の父親であるサンダーを殺そうとしたんだ」 キラーベイビーは悲しげな表情をしたように見えた。 「組織からの命令だ。ターゲットの写真を見ると雷だったので驚いたが、組織の命令は絶対だ。背けばわたしが殺される」 サンダーは銃を降ろしてホルスターにしまった。 「オーケー。ノープロブレムだ。ヘイ、キラーベイビー。ユーはオレのワイフになってべイビーを生みな。組織のことはオレがどうにかするぜ」 サンダーはキラーベイビーの肩を抱いた。キラーベイビーの目の縁には光るものがあった。オレはあまりに意外な展開にあっけにとられつつ思った。 このおやじ、やっぱりかっこいいぜ! 微かにパトカーのサイレンが聞こえた。徐々に近づいてくる。 「せっかくいい雰囲気のところを邪魔して悪いが、警察がくる。ここを出よう」 オレは先頭に立って店を出た。 「とりあえずオレの事務所に行こう。ついてきてくれ」 返事がないので振り返ると、二人の姿が消えていた。 オレはなんだかばからしくなり、深夜の散歩みたいにのんびり歩いて帰ることにした。車が一台も通らない交差点で信号待ちしているとふと気づいた。いくらサンダーが泥酔していたとはいえ、素人に簡単に写真を撮られるはずがないのだ。泰子と称したキラーベイビーがサンダーの写真を持っていた時点で、オレは疑わなければならなかったのだ。まだまだオレも探偵として修行が足りないようだった。 穴だらけで風通しのよくなったアウトサイダーに一台のパトカーが到着した。すぐにサイレンの合唱がはじまるだろう。 オレを追ってくるのは、満月だけだった。 日中韓合同で結成されていた犯罪組織が消滅したという情報が流れたのは、それから一週間もたたないうちだった。 殺し屋夫婦からはどんな赤ちゃんが生まれてくるんだろう? 最強の遺伝子を受け継いでいることは間違いない。ベイビー オブ キラーズ。考えただけで末恐ろしいぜ。 くそったれ! 完
by zyoh
| 2006-08-14 22:32
| ベイビー オブ キラーズ
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