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翌朝、オレはレイナに叩き起こされた。時計を見るとまだ六時だった。久しぶりの早起きだ。目覚めは最悪だったが、しっかりと朝食が準備されていた。レイナは口が悪いのと手が早いのが玉にきずだが、いい奥さんになりそうだった。
「しっかり稼いでらっしゃい」とレイナに見送られて家を出た。 事務所のある下北沢から成城までは、小田急線を使って三十分ほどの道のりだ。オレは朝の街を眠い目をこすりながら歩いた。 春の朝のピンと澄んだ空気を思いきり吸いこんだ。朝陽は柔らかく降り注いで、はじまりの季節に命を与えていた。見上げると桜のつぼみは今にもはちきれそうに膨らんでいた。オレは体が清められて、健康になっていくような気がした。たまには早起きも悪くなかった。 小田急線に乗ると、勤め人や学生で車内はすし詰め状態だった。一度足を上げたらもう下ろすスペースがないような状態なのだ。これからしばらくは毎朝こんな目にあわなくちゃいけないのかと思うと、オレは気がめいった。 見ず知らずの人間とこんなに密着しなくちゃならないシチュエーションは他には考えられなかった。これじゃあ、痴漢するやつが出てきてもおかしくない。 そんなことを考えているそばから、オレは痴漢の現場を目撃してしまった。扉の前に立っている女性が尻を触られている。女性は二十代半ばくらいだろうか。今どき珍しく美しい黒髪だった。パステルカラーのカーディガンにプリーツスカートという服装で、肩には大きめのバッグをさげている。通勤途中なのだろう。 女性はうつむいて困ったというよりは苦しげな表情をしていた。横顔しか見えないが、清楚な感じの美人のようだった。 一方、痴漢をしてるふとどきものは、競馬場や競艇場によくいるようなおっさんだった。身に着けているジャンバーもスラックスも革靴も使い古されて薄汚れていた。おっさんは手に持ったセカンドバッグで死角を作り、じゃんけんのチョキの形にした二本指をせわしなく動かして尻をなで回している。オレにはその二本の指が昆虫の触角のように見えた。 見逃すわけにはいかなかった。スケベにもルールがある。相手を傷つけるようなスケベはルール違反だ。 オレは人の合間をすり抜けておっさんの斜め後ろに移動した。気づかせるためにおっさんの顔をのぞき込むように凝視した。ギョッとした。おっさんは完璧に目がイっているのだ。焦点がぼやけたあぶない目をしている。普通ならオレの視線に気づくはずだが、おっさんはまるで意に介していなかった。このおっさん、ちょっとヤバイかもしれない・・・。オレはさらなる行動に出るほかなかった。尻を触るおっさんの右手首をつかんだ。 「やめろ」 おっさんは夢から覚めたようにオレの顔を見た。目に怯えの色が浮かんでいる。女性も振り返った。 電車が成城の一つ手前の駅でとまった。扉が開くと、おっさんはオレの手を振り切って降りてしまった。一瞬追いかけようかとも思ったが、そんなことをしていたら約束の時間に遅れてしまう。悔しいが見逃すことにした。 女性もおっさんを追いかけることはなく、呆然と見送るだけだった。 扉が閉まると、女性は「ありがとうございました」とオレに頭を下げた。正面から見ても女性は綺麗だった。派手さはないが、品の良い日本的な美人で、ナチュラルなメイクがよく似合っていた。レイナとは良い意味で対照的だった。 「助かりました・・・・。わたし、どうしていいかわからなくて・・・。本当にありがとうございました」 女性の声は澄んでいて、その上綺麗な日本語を話した。オレは首を振った。 「いやいや。当然のことをしたまでです」 「なにかお礼をさせてください。お名前は?」 「名乗るほどのもんじゃございやせん」 ちょうど成城に着いたので、そうとだけ告げてオレは足早に電車を降りた。キマッタ! 女性の視線を背中に感じながら心の中でガッツポーズを作っていた。バカみたいだって? 男にはかっこつけたいときもあるのさ。
by zyoh
| 2005-04-19 02:30
| 笑顔をなくした天使
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